2010年5月7日金曜日

LSDF


5月5日、東京藝術大学の学生を中心に立ち上がった、アーティスト達の相互協力機関 FRESH-artist network-と榎忠さんのトークショーに行ってきました。このトークショーの事を知ったきっかけになったのがツイッターでした。ツイッター、最初はなんとなく始めて楽しさを見出せずにいましたが、今では情報を集める上で一翼を担っています。

さてさて本題ですが、トークショー本当に良かったです。
エノチュウさんの言葉には重みがあり、正にホンモノでした。
特に興味深かったのは、作品を作る上での“ギリギリの世界”についてでした。
制作に没頭すれば、するほど自分の世界に入り込んでしまう。でも、日常世界は常に意識していなければならない。簡単に言えば、自己満足で終わってはいけない。といったところでしょうか。自分の世界に入らなければ、良い作品は生まれないけれど、見る手(第三者の目)を考えなければいけない。自分の世界に行ったきりではなく、最後にはきちんと戻ってこなければいけない。ということをおっしゃっていました。←多少僕の解釈も入っていると思いますが。
この言葉はあくまでエノチュウさんの考えなので、正しいとかは勿論ありませんが、この言葉の説得力は会場にいた人なら体感したと思います。それはこの世界で長年活動を続けるエノチュウさんならではの言葉でした。
freshのメンバーの一人が、「遠くの人のようで物凄い近くにいる人」と発言していましたが、前述した事を、実際に第三者が感じている証拠です。

エノチュウさんのトークショーを聞いて感じたことは、日本という国で芸術をしようとした時に、もうある程度の進路が出来上がってしまっているので、本当の意味での自由な表現には至らないんじゃないかとふと思ってしまいました。日本は、芸術大学や専門学校、画塾やアトリエが多く存在して、道は開けているように思います。勿論そういう機関は必要で、得る事も沢山あります。しかし、芸術をしたい=芸大にいかなければいけない。と考えてしまう事はあまり良くない気もします。そういう考えに至るのは、日本人の真面目さにもリンクしているのかもしれません。学歴や世間体を執拗に気にする日本人だから。
僕も芸大にいっているのですが、大学でやる必要があるか?という事を何度も考えました。ウチのコースは正直施設面でのメリットはほぼ皆無で、授業もスカスカな感は否めません。要は自分次第なのです。版画や建築、立体のように、個人的に制作しづらい学科なら行く意義は大いにあります。自分の尊敬する人が講師をしても価値はありますよね。コネクションを増やしたり、友人を作ったり、サークルに打ち込んだり…大学に行く理由なんて人それぞれです。
正直僕は高校を決める時でも、大学を決める時でも、なんとなく決めた感じは否めません。
絵を描きたいから芸大に入りました。エノチュウさんの話を聞いて、なんでもありなんだと感じましたね。~しなければいけないとか、~した方がいいとか。そんな事考えなくても道は開けている。時代もあるでしょうが、そんな印象をうけました。なんか自分の事を長々と語ってしまいましたが…

とにかくいって良かったです。LSDFによる祝砲。大迫力でした。